「特区民泊開始から1年、その成果や今後について」大田区 健康政策部 生活衛生課 三井英司氏・伊藤弘之氏

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2016年1月29日、東京都大田区で特区民泊の申請受付が全国で初めて開始され、これを機に民泊に対する注目が大きく高まり、民泊市場の急成長を予感させた。そして1年が経過し、現在の認定施設数は37件に至る。住宅宿泊事業法案の閣議決定や、Airbnbの掲載物件数急増、大手企業の民泊事業参入が相次ぐなど、この1年で市場環境は大きく変化した。そこで、大田区役所 健康政策部 生活衛生課長 三井英司氏、同課 環境衛生担当係長 伊藤弘之氏にご協力頂き、特区民泊が開始されてから現在に至るまでの所感や今後の展開について話を聞いた。

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民泊独自の強みを活かし、大田区の魅力を伝えたい

生活衛生課の主な役割とは?

生活衛生課では環境衛生、生活衛生、食品衛生、医薬など多方面の衛生管理や営業許認可を業務としております。例えば、理容所・美容院、銭湯、旅館、映画館などの衛生管理、墓地の許可、プールの営業許認可、犬の予防注射の指導、医薬の方でいきますと診療所の許可など、これらの業務を今は60人近くの体制で担っています。特区民泊を重点的に担当してもらっている部署もあり、生活衛生課では民泊の認定業務を担っています。

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特区民泊を開始した狙いとは?

一般的に言われているように外国人旅行客が増え、大田区内にあるホテルや旅館などの宿泊施設の稼働率が高くなり、空室が不足しているからですね。宿泊施設の不足を解消していくことで、羽田空港から来るお客様を大田区にとどめて、地域振興につなげていきたいという想いが背景にあります。最近の傾向として、外国人観光客がコトの消費に興味をもつリピーターが多く、そういった体験は従来のホテルや旅館では提供できない部分がありますよね。ただ宿泊施設の数を増やすというのではなく、そういったところを民泊ならではの体験を通して満足してもらえれば良いなと思っています。

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特区認定施設は蒲田駅周辺、1Rタイプが多い

今までの特区民泊の申請数は?

相談についてはかなりの件数がきていますが、そのなかで申請数は37件となっています。その37件は全て認定を得ています。申請する際には、こちらも手数料を頂いておりますので、認定に向けてきちんと指導をして、申請ができる状態になってから申請をしてもらっています。

認定を受けた施設は、蒲田駅の周辺が多いです。ただ実際には、大森あたりにも若干は出てきています。その他には交通の便が良い京浜急行沿線が多い状態ですね。ホテルや旅館も同様に蒲田周辺が多くて、羽田空港の方向に向かって京浜急行沿線上に設けられることが多いです。

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認定施設はどのような物件が多いですか?

認定を受けた物件はワンルーム賃貸の集合住宅が多いですね。分譲の集合住宅ですと、管理規約で民泊が禁止されている場合は基本的に認定の対象とはなりません。特区民泊認定の施設は、物件所有者が投資目的で所有する管理規約で民泊が禁止されていない賃貸マンションがほとんどです。ファミリータイプの物件は物件所有者が投資目的ではなく自己の居住目的である場合がほとんどですので、現時点ではこのタイプの物件で認定申請がなされた施設はありません。あとは、1棟全体で認定を取りたいというお話も増えています。

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旅館業ではなく、あえて特区民泊を選ぶ事業者

左から、伊藤弘之氏(生活衛生課・環境衛生担当係長)、三井英司氏(生活衛生課長)

相談しても申請に至らない難しさとは?

まずは構造設備基準ですね、そこは法律上25平米以上というルールがあります。新しくできているマンションは25平米以上が主流になっているのですが、それよりも古いものは基準を満たしていないというケースが多いです。

次に消防法ですね。消防法で、ホテルや旅館並みの設備をつけて頂くように定められていまして、そうなると自動火災報知器や防炎・防火仕様にも手を入れないといけなくなります。

あとは緊急時対応ですね。ここはやり方次第という点があるのですが、個人で運営しようと考える場合はそこがネックになる場合が多いです。

区としては、近隣住民周知が重要だと考えています。ここでこんな事業をやりますよとあらかじめ周知して頂き、緊急事態の対応方法、苦情の連絡先を明記して頂く。事業への反対があった際には誠意をもってご対応頂いて、申請をして頂きます。

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相談に来る方は主に個人ですか?法人ですか?

最初は個人で運営したいという方が多かったのですが、だんだんと相談の主流は個人から法人へと移行してきていますね。特区民泊の制度では家主居住型はできない内容になっていますので、個人の方でも家主不在型民泊のご相談となります。

最近では不動産開発会社さんからの相談が増えてきています。事業としてそれなりの体制を整えてやっていこうとお考えの事業者さんにとっては、特区民泊を活用したくなる事業としての魅力があるのだろうなと感じています。

なかには、あえて旅館業ではなく特区民泊でやりたいという方もいらっしゃいます。その方はインバウンド需要がもし今後下降した際のリスクを考えて、宿泊施設だけではなく住宅という側面も備えた民泊であれば、下降した際に住宅にして賃貸に回すことができると、そういったお考えをもって特区民泊の認定を希望する方もいらっしゃいます。

通常、短期の滞在のような生活の拠点とみなされない場合は旅館業の許可が必要となります。しかし、特区民泊の制度は賃貸借契約とするなどの一定の条件を満たすことで旅館業の適用を除外する特例制度です。

賃貸借契約では、部屋の一部を貸し出すということはできないため、ホームステイ型(=家主居住型)は設けず、家主不在型の貸切しかできないようになっています。賃貸借契約書は、宿泊利用者の外国語のものと日本語を用意して頂きます。賃貸借契約書を締結する際に必要になる重要事項説明については、国土交通省の通知にて宅建業法の適用にはならないと伝えられているため、不要となっています。対応できる外国語のゲストだけを受け入れるようにしてください、6泊7日以上のお客様に限定してくださいという特区民泊のルールを踏まえて、各施設で契約書を独自に作成して頂いています。そのほかには、滞在者名簿を用意して頂いて、3年間保管して頂くようにお願いしています。利用者が外国籍の場合はパスポートの写しを保管して頂くようお願いしています。

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最低滞在日数は課題と認識

条例施行当初、特区民泊に反対する声はありましたか?

ホテルや旅館の方々からは当初は懸念する声をいただきましたが、違法性の高い民泊が普及する状況を懸念する考えが一致し、最後は賛同して頂けました。民泊は必ずしも旅館やホテルの営業を阻害するようなものではないのではないかと考えています。

実は、今現在、既存の宿泊施設事業者が特区民泊事業者と連携して事業をするケースもでてきています。対面で行う身分確認や鍵の受け渡しを、特区民泊事業者が既存の宿泊施設に委託するというケースが出てきています。

民泊は、旅館・ホテルでは体験できないものを提供できるという特性があります。民泊では地域の商店街利用やイベントを通して、宿泊利用者がホテルなどでは体験できないような「コト」を楽しむことができ、この体験は民泊ならではのものと言えます。

宿泊するバリエーションがいろいろ出てくると、大田区ではいろんな宿泊を楽しむことができ、大田区で宿泊することの魅力が増していく、そういう発想もあるのではないかと思います。大田区に行くと、ホテル、旅館もあるし、文化体験・地域交流ができる民泊がある。民泊はネガティブな捉え方をされることが多いように感じますが、決して悪いことばかりではないと思っています。

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23日以上」への緩和を求められることはありませんか?

そういったご要望・ご意見をいただくことは多いですね。大田区としても、最低滞在日数については課題だと認識しています。ただし、現時点では具体的にいつからどれくらいの期間で、というのは決まっていません。

区としては「安全安心な滞在施設であること」を大前提に考えています。その点については今のところ、特区民泊施設への騒音やごみ出しマナーが悪いといった滞在由来の苦情は1件も入ってきていませんので、順調に進んでいるのではないかと思います。政令が2泊3日になったからといって、直ちにそれに合わせるのではなく、じっくりと腰を据えて、安全安心を担保しつつ、今後どういう動きをとっていくのかを考えているところですね。

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「安全安心」な運営により特区民泊の安全性を証明

現行の特区民泊に対して、期待した成果は得られているのでしょうか?

開始当初は、もう少し申請があるかなと思っていました。ただ、我々が特区民泊を開始する時期と国の旅館業法の改正や住宅宿泊事業法の検討といった時期と重なってしまいました。そうした状況を見て、一旦様子見しようかという事業者の方が増えて、思ったよりも申請数が伸びなかったのかなと考えています。

認定数は決して多いとはいえないかもしれないのですが、大田区が全国で初めて特区民泊を開始し、安易に認定基準を下げて宿泊施設としての品質を下げてしまうと、何か問題が発生した際に、国としてこれから注力していこうとする民泊に水を差すことになってしまいます。ですから、安全安心という点に重きを置きながら、ガイドラインを設けて、事業者の方には近隣住民周知やごみ出しルールを徹底して頂きました。その成果として、開始から1年以上経過した今でも騒音やごみ出しマナーが悪いといった滞在由来の苦情がなかったのだと思います。今後も「安全安心」な運営実績を積んでいくことで、特区民泊は適切な管理のもとで運営すれば問題ありませんよということを示していくことが、大田区としての使命であり、その点では十分な成果を作れているのではないかと考えています。

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違法民泊に対して、何か取組みをされていますか?

違法性が疑われる民泊は運営者の情報や施設住所の特定が難しく、具体的な件数はこちらでは把握できていませんが、色々な情報を見ると、他の自治体さんに比べると件数は落ち着いてきているのかなと思います。違法民泊に関する苦情が23件あり、そのうちの19件は指導して、撤退して頂きました。

苦情の内容としては、騒音に関する苦情が最も多く、22時以降になっても騒いでいて迷惑だ、といった内容のものが多いです。あとは、知らない間に知らない人が頻繁に出入りすることへの不安・心配の声を同じマンションの住民の方から頂いたことがあります。何かトラブルがあったらどうしようと不安になる方もいらっしゃいます。大田区での違法民泊を含めた民泊施設数は東京23区内で多い部類ではありません。そして苦情件数は特区民泊を開始してから23件と、他区に比べると非常に少ない状態です。

違法性が疑われる民泊については実施場所が特定できているものについては対処できているかなと思います。ただし、住宅宿泊事業法が施行されることによって、合法・違法の線引きが見えてきますので、その定められたルールに従ってきちんと取り組んでいこうと思います。

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住宅宿泊事業法案の内容次第

住宅宿泊事業法案に対し、追加条例で規制する可能性はありますか?

住宅宿泊事業法案はいま国会で審議中の段階ですから、こちらもどういう対応をしていくのか具体的な検討はできておりません。日本で初めて特区民泊を開始した区なので、民泊について国とのやり取りはありますが、我々も報道レベルでしか情報は把握できておりません。

住宅宿泊事業法案では、家主居住型に加え家主不在型の民泊が含まれます。不在型となりますと、特区民泊でも同様に不在型民泊での運営となりますので、我々のように特区民泊をやっているところは、住宅宿泊事業法案との整合性をどのように図るのかが大きな課題です。

あとは政策的な判断で、日数はどうするのか、住宅宿泊事業法が進みだしたときにどう対応していくのかというところですね。住宅宿泊事業法案の場合は営業上限日数を180日とする規制がありますが、特区民泊の場合は営業日数に関する規制を設けておりませんので、特区民泊の最低利用日数次第では特区民泊を選択する民泊事業者が増加することが考えられるのかなと思います。そうしたことも踏まえて、今後体制も考えていかなければならないですね。

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取材を通して

今回の取材を通して、大田区が住民の「安全安心」に対し強いこだわりを持っていることが非常に印象的であった。認定を取ろうとする事業者の視点でみれば、特区民泊のガイドラインや建築基準や消防対応は決して参入しやすい内容ではない。しかし、区にとって重要なのは認定施設数ではない。住民の安全安心をしっかり守ることが大前提であり、その上で民泊事業を普及させていこうという非常に難しい試みなのだ。

運営者の顔が見えない違法民泊は、苦情を言う先も分からず、住民の「安全安心」は脅かされる。実際に大田区に寄せられた23件の苦情は、安全安心が脅かされたため大田区へ連絡するに至ったのではないだろうか。もちろん、違法民泊であっても、ゲストと地域住民との交流を生み出す有意義な運営者はたくさんいるだろう。しかし一方で、近隣への配慮が不足し、周りに迷惑をかけ続ける運営者も存在し、そこへは早急な対策が必要だ。

民泊の健全な普及は、近隣住民との調和がなければ成立し得ない。すぐに大きな成果をあげることは難しいかもしれないが、今後、民泊の安全性が証明され、住民の共感と理解を得ることができ、市場が大きく成長していくことを期待したい。